12.ライバル!?馨ちゃん≪千鶴≫↓ 茜だった。 肩で息をし、浩也の言っていた中庭に急いで来たというのに今のこの状況は茜には理解しがたいもの。それは男に押し倒されている総司。 ……………………はぁっ?! 総司ってばそういう奴?? どっちでもい~の?! ってか、馨ちゃんは?? 可愛い馨ちゃんよりもそっちの男の方がヒットなのっ?! 固まってしまった茜を見つけた総司は、まさに神にでも頼む勢いで言った。 「っ、オィ茜っ!! 早く俺を助けろっ!!」 しかし、茜の頭はこの光景に目を奪われてそれどころじゃなかった。 茜の思考が止まったままの状態を見た総司は軽く舌打ちをし、他に誰かいないかと辺りを見回した。と、そのとき。校舎から駆けてきた椿達が目に入った。 「あ、いたいた茜ちゃん、総ちゃ………」 椿はやっと追いついたと此方を見たのだが、笑顔はおもいっきり引きつった。 「こんな所にいたんです……………か……」 椿と一緒に茜を追いかけてきた浩也もいつもの笑顔が変わる。 「あれ? どうし…………うわ~………」 カシャッと一枚写真を撮って優雅はさり気なく総司と距離を置く。 「椿、ジロー、優雅。何、みんなして固まって…………あら、総司、取り込み中? そういうことは学校でヤらないでちょうだい」 鈴菜は誰よりも冷たい視線で総司を射抜き、ハァッと溜息を吐く。 「違っ!! 何勘違いしてんだよ、さっさと助け」 「ねぇ総ちゃん…………」 総司の言葉を遮ってトコトコと歩いてきた椿はちょこんと総司の視線に合わせてしゃがみ込んだ。先ほどの引きつった笑みではなく可愛らしく笑っている。 「総ちゃんって………受け?」 その言葉を聞き、総司は顔をいっそうに青くなり、馨は顔を赤らめる。 「なっ、姫っ、何言って……」 「自分、総司さんなら攻めてもいいッス!!」 「だぁ~~~っ!! てめぇは黙ってろっ!!!」 総司と馨が言い争ってるのを聞き、鈴菜は椿の腕を後ろに引いた。 「ほら椿。リバーシブルな総司に近付いたら妊娠するわ。離れなさい」 「わぁ、リバーシブルなんだ」 「ってオイっ、鈴菜っ!! お前まで何言ってんだっ!!」 「茜さん、まだ固まってますよ。……どうします?」 「う~ん、取り敢えず写真?」 大口開けて呆然とする茜の写真を撮る優雅を見て浩也は悩む。総司を助けに行きたいが、あの中に入って行くのには勇気がいるだろう。と、そのとき。優雅は、あぁ……と小さく勝手に頷くと茜の耳元で何かを呟いた。すると茜の目が見開き、くわっとなる。そして総司の方へとダッシュして行った。 それを面白そうにしながら見る優雅と首を傾げるのは浩也。 「優ちゃん、茜ちゃんに何言ったの?」 総司をからかい終わった椿と鈴菜も、茜が元に戻ったことで此方側に避難してきた。優雅が茜に何か言ったのには椿も鈴菜も気が付いていた。 「あぁ、簡単なことだよ。そのまま」 「そのままというのは?」 優雅の言葉に浩也が更に聞く。 「このままじゃ、本気で総司、襲われるよ……って………」 「「「あぁ…………」」」 その言葉に三人は納得して茜たちの方を見ていた。 「ちょっ、アンタたちっ、いつまでイチャイチャしてんのよっ!!」 元に戻った茜は歯を剥き出しにし、総司と馨に指を差した。 「どアホッ! これのどこがイチャついてんだっ!」 「イチャついてんじゃんっ! 可愛い馨ちゃんをほっといておと、おと、男と抱き合って……ってか押し倒されちゃってさぁっ!!」 「はぁっ、何言ってんだよ。馨ってのは……」 「自分ッス」 「…………………………………………………………………………はぁっ?!」 茜は一瞬、自分の耳が変になったのかと思った。だからもう一度、総司を押し倒している彼に聞いてみた。 「えっとぉ~、アナタのオ名前ハ??」 「自分、孔雀院 馨って言います」 クジャクイン カオル。どこかで聞いたことある名前だ。そう、それは……。 「嘘っ、だって馨ちゃんはショーットカットで顔が小さくて目がパッチリしてて……んで、めちゃくちゃ可愛い………」 「あぁ、それは香里のことですね。自分ら幼なじみで名前が似てるんですよ。自分は馨。そっちのは香里ッス」 「香里ちゃん……なのね………」 茜がガックリと力尽きたように項垂れると今度は何故か馨に肩を掴まれた。急なことにビックリしてると馨は何やらキッと見ている。因みに、その隙に総司は抜け出した。 「な、何…………」 「今度は自分の番ッス。あなたは総司さんの何なんですか?」 「うぇっ?!」 突然の馨の言葉に驚く茜。総司の何……と聞かれても……。 友達? 仲間? クラスメイト? 蛇とマングース? むんむんと考えている茜の肩に何か腕が回された。馨の手を払ってだ。肩を抱くようにして隣にたっていたのは………。 「コイツは俺の女だ。だから俺はお前と付き合えん! 分かったかっ!!」 顔を上げると整った総司の顔があるわけで……。ってかコイツは今、何て言った? 俺の女? 誰が? あ、あたしっ?! 「なっ、何言ってっムグッ?!」 茜が反論する前に総司が手で口を塞いだ。何も言うな、ということだ。そのまま馨に視線を移してみると、馨は泣きそうな顔で此方を見ていた。 「この人が総司さんの彼女なんですか?」 「あぁ、そうだ」 「付き合ってるんですか?」 「付き合ってる」 「恋人ですか?」 「恋人だ」 「っ、じ、自分は諦めないッス!!!!!」 馨はウルウルと涙を我慢しながら、まるで悲劇のヒロイン並に校舎へと走って行った。それを呆然と見ていたのは茜。 「いや、諦めろよ…………」 ウンザリした様子で言ったのは総司だった。その言葉に反応して茜はハッとし、総司の手を振り解く。 「ちょっ、いつからあたしがアンタの女になったってぇのよっ!!」 「はぁっ?! 嘘に決まってんだろ。あぁ言えばアイツが諦めるかと思ったんだよ」 「だっ、だからって何であたしなのよっ?!」 「うるせぇなぁ。一番近くにいたんだから仕方がねぇだろ」 「なっ、でっ、だっ、どっ」 「日本語しゃべれ」 「だっ!!!」 ペシン、と額を軽く叩かれ茜の顔は反動で後ろに下がる。と、そのとき見えたのはニコニコと笑っている椿の笑顔だった。 「どわぁっ?!」 あまりにも椿の笑顔(しかも間近)で見たので茜は変な声をあげる。総司も椿たちに気付くとチッと舌打ちをした。 「お前ら、何で助けねぇんだよ」 「イヤ~、だってこんな修羅場、滅多にないからさぁ~。やっぱ記念に写真とらなくっちゃ」 優雅は満足げに言う。今日はたくさん写真が撮れたのでご機嫌だ。 「ほら総司、あまり怒ってしまうと血圧が上がりますよ?」 のほほんと言う浩也は、明らかにこの場を楽しんでいた。 「茜ちゃん、総ちゃん。デートは明日の土曜日でいいよね?」 やけにやる気満々な椿の言葉に茜と総司は目を見開く。 「「デェートォ????」」 声が揃ってしまっているが、本人たちは気にしない。 「何であたしが年中発情期男とデートせにゃならんのよっ!!」 「それはこっちの台詞だ。胸か背中かも分からないペッタン女」 「何ですって?!」 「何だよっ?!」 「はい、ストップ」 ピピッと笛が鳴るような感じで鈴菜が口を挟んだ。 「二人とも馨ちゃんに恋人宣言したんだからデートくらいしなさいよ」 「だからって何でデートなのよっ! あたしじゃなくてもコイツとデートする子なんていくらでもいるじゃないっ」 そう、総司は顔がいいんだからほっといても女の子は寄ってくる。だからその子とデートでもなんでもすればいいんだ。 「総司は茜の事を恋人って言ったんだからデートの相手は茜しかいないわ。あ、今から否定しても無理じゃない? 馨ちゃんのライバルは確実に茜なんだからね。あの目、見たでしょ」 「うっ……………」 確かに、去り際に見た馨ちゃんの目は確実に自分をライバルと認識している目だった。しかも、どことなく負けない! って感じだった。 「け、けどっ、椿も鈴菜も一応総司と仲いいんだから二人のどっちかが相手になれば…………っ?!」 茜は言いかけてどこかゾクリと肩を震わせた。後ろに何かいる。いや、確かに人はいる。けど、ただならぬ雰囲気を漂わせている。茜が微かに後ろを向くとチャキンッと刀の音がした。今、後ろを見たら………殺られるかも……。 「総ちゃん、確かに私に優しいけど、恋人って感じじゃないもん。だから嫌」 「そうね。私がやったって一文の特にもならないじゃない」 「「それに…………」」 そこまで言って椿と鈴菜は声を揃えて言った。 「「めんどくさいじゃない」」 くっ……絶対に楽しんでる……。総司っ、アンタも早く否定しなさいっ!! 茜は自分一人では敵わないと悟ったのか総司を見た。総司もそれに気付き口を開けようとしたのだが、鈴菜がそれを許さなかった。 「総司、ここで茜とデートしなかったら馨ちゃん、一生付きまとってくるかもね。馨ちゃん、柔道の経験とかもあるから寝技はもってこいよ。さっきも押し倒されてたし、今度は本番かもしれな」 「よし、茜。お前とはしゃくだが俺の為にデートしろ」 鈴菜の言葉を最後まで聞かず、総司は言った。しかし、その顔は真っ青だ。想像……もとい思い出したんだろう。さっき、押し倒されたことを……。 茜は総司まで納得したことに驚き、尚かつ俺様的態度に腹を立てて言った。 「総司っ、あんた何言って」 「一応、協力してくれるんならこれもバイトに入るのかしら? バイト代は……まぁ一万円?」 「総司、仕方がないからやってあげるわ。あんたの彼女役」 コロッと変わる茜。バイト代が入るのならどんな役でもやりましょう。クッチャバでもジャクレでも、たとえ総司の彼女でも。 茜と総司は互いにガシッと手を合わせた。 それを確認したBlack Listメンバーは顔を見合わせて笑っていた。 ● ―――――土曜日。 ガヤガヤと人通りの多い広場。大きな時計台の周りには、待ち合わせをしているカップルでいっぱいだった。 そこに彼は立っていた。時計を見れば一時半。待ち合わせの時間は一時のハズなのに相手は来ない。既に三十分の遅刻をしている。内心苛々していたが、それを顔に出すようなヘマはしない。なんたって友人の(疑いたくなる)カメラ好き萌え男とのほほん日本刀を隠し持っている男にいろいろ仕込まれたのだ。 今日の服装もそう。上着はニット地で首元の下に黒のラインがあり、首元から腕にかけて淡い水色に近いグリーンが施している服。中は紺に近い灰色のTシャツ。チェーンが重なったジーンズに靴はバッシュ。そしてグラサン装着。極めつけにはネックレスを二つ重ね、手に革紐ブレスと細身のシルバーブレス。 女の扱いが慣れている彼に対し、その友人達はいろいろとアドバイスをしてきた。普段ならそんなことしなくてもいい。だが、今日は違うのだ。本日の相手は…………茜なのだから……。 総司は腕を組み、後ろにある壁に凭れた。視線は感じる。これは間違いなく馨だ。というよりも、その姿は此方から見えてしまっている。あれで隠れているつもりだろうが、何しろ馨は総司より身長が高い。よってどこにいてもその姿は見えてしまっている。 あれから優雅が後輩の良太にさり気なく今日の事を言ってくれたお陰で馨もここにいる。役者はあと一人。その一人がまだ来ない。 「~~~~っ、ゴメン! 遅れたっ!!」 「お前、いったい今まで何やって………」 いい加減、待ちくたびれた総司の耳に届いたのは待っていた人物の声だった。 総司は怒りを露わにするように怒鳴ろうと思った。だが、それは途中で止まってしまった。今日の茜の服装だ。きっと自分がそうであったように鈴菜や椿にされたんだろう。黒の薄手のカーディガン。中はフリルがついたピンクのキャミにギャルソンエプロン風の巻きスカート。靴はちょっと高めのミュール使用しており髪の毛は軽くサイドの上の髪、括っている。それにどことなく雰囲気も違う。軽くだが化粧もしている。 「どうしたのよ、総司……?」 反応の返ってこない総司を変に思ったのか、茜は手を振ってみる。すると総司は弾かれたように我に返った。 「ま………」 「ま?」 「馬子にも衣装だな」 「なっ?!」 思わず怒鳴りつけようとしたが、茜も物陰に隠れている馨に気付いたらしく、それをどうにか止めた。 「ほら、行くぞ」 「ぇっ!?」 総司はさり気なく茜の手を取ると歩き出した。急に手を取るもんだから茜に対しては不意打ち。顔が赤くなってしまう。 茜は知らなかった。顔が赤くなったのを隠す為下を向いたのだが、総司の方も赤くなっていたのだ。総司は茜が来たとき、一瞬見惚れてしまっていた。それがどうにも腹立たしく変な気分になっていたのだ。 周りから見たら初々しい恋人。二人の手は繋がれたままだ。 すっご、こりゃ滅多にないね! 総司も茜も顔真っ赤だよ。うわ~、こんなことってあるんだね~」 「そういえば二人はどこに向かってるんですか?」 優雅がカメラ片手に写真を撮っている後ろで浩也は隣にいる鈴菜に聞いた。 「確か……水族館よ」 「お決まりのデートスポットですね………」 「あっ、ねぇねぇ! 茜ちゃんと総ちゃん電車に乗るみたいだよ!!」 椿がはしゃぎながら茜たちの方を指差す。確かに茜たちは駅の中に入って行っていた。しかもよく見ると総司が茜の切符まで買っている。 「こりゃ本格的だねぇ~。普段なら絶対にしないのに……」 優雅は、めずらしぃ~と小さく言いながら感心していた。 「まぁ馨ちゃんが後ろであっつい視線を向けているんだからちゃんとした恋人になりきらないとバレるんじゃない?」 「「「あぁ~……………」」」 鈴菜のごもっともな意見に三人は声を揃え、自分たちの前方に隠れている? 馨を見る。熱い、とてつもなく熱い眼差しで茜たちを見ている。 「さっ、私たちも電車に乗りましょう。乗り遅れちゃ」 「あっれ~、みんなして何してるん?」 鈴菜の言葉を遮って登場したのは金髪の関西人、晴貴だった。スチャッと手を上げ、ニッコリさわやかに登場だ。 「またやっかいなのが出てきたわ…………」 鈴菜はそれを見て小さく溜息を吐く。 「ん、あれっ? 茜と総司は?? 何でおらんの?」 晴貴はいつものメンバーなら必ずいる二人が見当たらない、とキョロキョロと辺りを見回す。その様子に椿たちは顔を見合わした。 「あのね晴ちゃん、茜ちゃんと総ちゃんは……」 「あぁ~~っ! 見つけたって何でっ? 何であの二人あんな仲よさそうに歩いてんねんっ!! あれじゃまるでデートみたいやないかっ!!!」 「ですからデートなんですよ………」 「しかも何やっ?! 茜なんかえらい可愛い格好してるやないかっ?! かぁ~っ、流石、オレが惚れただけあるわ~~~」 「お~い、晴貴聞いてる?」 「ってデートやないかっ!! 茜っ、オレというもんがいながらっ!!」 全く此方の話を聞いていない晴貴に椿たちは溜息を吐いた。鈴菜も頭を押さえると浩也を見る。 「ジロー、五月蠅いから黙らせて」 「えっ?! いいんですか?」 「このままじゃ尾行ができないわ。さっ、ちゃっちゃと殺っちゃって」 さり気に漢字が違うような気がしたが、鈴菜に逆らう者はいない。浩也はスッと晴貴に気付かれぬよう回り込み、首を狙った。 「ぐっ…………」 見事命中。晴貴昇天……。 「鈴菜しゃん、晴貴ど~すんの?」 優雅の質問に鈴菜はそうね………と考え、ポンッと小さく手を叩いた。 「このまま放置してても構わないけど……。仕方ない、連れて行きましょう」 「えっ、連れて行くんですか?」 その発言に驚いたのは浩也。せっかく気絶させたのに……と、呟く。 「いいじゃないジローちゃん。晴ちゃんでも退屈しのぎになるよ」 可愛らしく言う椿だが言っていることは酷い。 「さっ、行きましょ」 鈴菜に着いて椿と優雅が動き出す。浩也は小さく溜息を吐き、晴貴の首根っこを掴み引きずりながらその後ろを歩いた。時折、晴貴の苦しそうな呻き声が聞こえたような気もしかが、気にしなくていいだろう。 「ちょっと~、総司~。一体何処行くの~?」 土曜日とだけあって人が多いので、茜と総司はドア側に立っていた。 「あぁ~……。もうすぐだ」 「それ……何回目?」 どれだけ聞いても総司は、もうすぐ……としか言わない。行き先を知らない茜は今か今かと待ち侘びているというのに……。と、いうよりも早くココから解放されたい。 「ってか、何そわそわしてんだよ。っとホラ、もうちょっとつめんぞ……」 「うぅっ…………」 本当に人が多い。駅に着く度に人が沢山乗ってき、満員電車と同じ状態だった。しかし、茜のスペースは狭くない。それもそのハズ。総司が自分の体でスペースを作ってくれているからだ。その代わり、総司との距離は近くなる。 ちっ、近いっ?! 何でこいつは平気なのよっ!! うわっ、ちょっ、アンタの髪が……髪が微妙に顔に当たって………うぎゃぁぁぁ~~っ!!!! 既に茜の心は叫びまくっていた。普段の総司なら絶対にこんなことしない。だから優しくされると恥ずかしくなるのだ。 茜が脳内パニックの中、総司が屈み、茜の耳に小さく言った。 「おい、次下りるぞ」 「っ?!」 息がっ、総司の息が耳っ、みみみみみみ耳にぃっ!! こそばっ、くすぐったいっ?! 何でもいいっ、早く駅に着いて~~~~~!!!! それからの道を全く覚えてなかった。何故か総司が優しくすると、そのことで頭がいっぱいになり働かなくなる。あれから電車を乗り継ぎ、バスにも乗ったが、そんな記憶は曖昧だった。そして、気が付いたら目的地に到着していた。 「…………水族館?」 「あぁ、水族館だ」 「ここでデートすんの?」 「そうだ」 当たり前だと言わんばかりに言う総司だったが、茜はそれどころじゃなかった。ものすごい勢いで首を振る。 「お金はっ?! 言っとくけど、あたし全財産の120円使っちゃったからもうないのよっ!! さっきは切符買ってくれたから良かったけど、今度は流石に」 「ホラ、チケット」 「………………うえっ?!」 平然とチケットを差し出す総司に茜は驚いた。さっきといい今回といい、ありえない。何故だ? 何故こんなにも総司は気前がいい?? あんぐりと大口を開ける茜を見た総司は溜息混じりに言う。 「当たり前だろ、一応彼氏なんだから………」 「…………………………………」 「さっさと行くぞ」 「うぇぇっ?!」 そう言うなり総司はまた茜の手を引き、入り口へと入って行った。 「ちっくしょ~、マジなんか……。オレの、オレの茜がぁぁぁぁ~~~」 奇跡の生還をした関西人、晴貴は目に涙を浮かべながらその光景を見ていた。 「違うよ晴ちゃん。茜ちゃんは私の玩具………もとい、私の親遊(親しく遊ぶ)なんだから♪」 その隣で悪魔な笑みを浮かべるのは椿。さり気なくすごいことを言っちゃっている。そんな二人のやり取りを見ていた鈴菜は小さく溜息を吐く。と、そこへチケットを買った浩也と優雅が戻って来た。 「鈴菜さん、チケットを……」 「椿ちゃんも」 浩也は鈴菜に、優雅は椿にチケットを渡す。しかし、晴貴の分を二人は持っていなかった。 「あれ? なぁオレのは??」 「ないよ」 「へっ?」 「晴貴は自分で買って下さいね」 「え?」 優雅と浩也に笑顔で言われてしまい固まる晴貴。しかし、そんなこと気にしないBlack List達はスタスタと歩いて行ってしまった。 「えっ、ちょっ、待って~~な!!!」 ここで置いて行かれるのは嫌だと瞬時に思った晴貴は急いでチケットを購入(自腹)し、急いで四人を追いかけた。 水族館内に入った茜はキョロキョロと辺りを見回していた。その顔は笑顔。実に楽しそうだった。 「うっわ、すごっ! 魚がいっぱいっ!!!」 やけにはしゃぐ茜は自分が総司の彼女役をしていることを忘れているようにも思える。それを感じ取った総司は、まさか……と思った。 「お前……もしかして初めてなのか?」 「当ったり前じゃん。お金がないんだからこんなトコ来たこともないわよっ」 悲しいことを言う茜だが、本人は無自覚だ。 総司はそんな茜に何か言おうと口を開けたが、本人はすぐにまた水槽にへばり付き、目の前を泳ぐ魚を楽しそうに見る。それを見て総司は軽く笑みを浮かべた。が、何かに気付き、茜の肩を抱く。 「ぬぁっ?! なっ、なななな」 「しっ、黙れ。お前にはアレが分からんのか」 突然のことに驚いた茜だったが、確かに何か視線を感じる。これまた熱い視線だ。振り向かなくともその主は分かっていた。馨ちゃんだ……。 「ちゃんと着いてきてるみたいね………」 「着いてこなかったら意味ねぇだろうが………」 コソコソと言い合う二人だが、周りから見れば仲のいいカップルが耳打ちをしているように聞こえるだろう。 「ほら、行くぞ」 「う、うん」 総司に促されながら茜は頷いた。 タツノオトシゴ、エイ、サメ、ウツボ、ウミヘビ、その他いろいろな水槽の前に行き、茜と総司はカップルになりすましデートをした。 「へぇ~、この魚変わってる~~。変な色してるし……」 茜は一つの水槽の前まで行くと、中にいる魚を指差した。 「なになに………スポッテッド ラットフィッシュ。深海魚だな……」 「な~んか深海魚って変~。ほら、体全体に模様がある……。可愛いんだかそうじゃないんだか微妙ね……」 そう言うなりマジマジと深海魚を見る茜を見て、総司はニヤリと笑った。 「なぁ茜、知ってるか? このスポッテッド ラットフィッシュはなぁ、ただの深海魚じゃないんだぞ?」 「えっ?! そうなの??」 思った通り食い付いてきた茜。総司はバレないように笑い、続きを言った。 「あぁ。コイツは敵から身を守るとき、足が生えるんだ。人間の足みたいでしかもスネ毛もあるらしい。その足で海底をものすごいスピードで走るんだ……。だからコイツは海底を走れるように深海魚になったってわけだ………」 誰がどう聞いても嘘バレバレ。総司も本気で騙そうと思った訳ではなかった。ただ、茜がどんな反応をするのか見てみたかったのだ。予想では、恐らく『はぁっ?! 何言ってんのよ~』とか言って笑い飛ばすものだと思った。が……。 「マジっ?! 足?! スネ毛?! めっちゃ見てみたいっ!! 今見れないのかな~」 茜はすっかり騙されていた。水槽に両手をつき、ジ~ッと見つめている。時折、ドンドンと水槽を叩き、足が生えないかと試していた。 その反応に総司は目を見開いた。まさか……本当に騙されるとは思わなかった。けれど、その反面。やっぱコイツは阿呆だ……と思ってしまった。 先程の茜と総司の会話はBlack List達にも聞こえていた。茜が思いっきり総司の嘘を信じたことに浩也は笑いを堪えるので必死だった。 「しっかりしなさいジロー。茜の阿呆は今に始まったことじゃないでしょ?」 「で、ですが……普通信じますか………くくっ」 「普通なら信じないよ。けどさぁ~……」 「なんたって茜ちゃんだもん」 ね~、と優雅と椿は顔を見合わせて言った。何故かこの二人、水族館に来てからテンションが上がっている。と、いうより茜同様楽しんでいた。勿論、茜みたいに水族館が初めてとか言うわけではない。此方は此方でデートを味わっているようだ。 「で、晴貴は何してるのよ……?」 小さく溜息を吐いた後、鈴菜は茜たちの方を見て蹲っている晴貴を見た。その様子に椿たちも首を傾げる。 「晴ちゃん、どうしたの?」 「………………やったんか」 「?」 「あの深海魚にはそんな秘密があったんかっ?!」 晴貴は、あぁ~っと頭を抱え込み、知らんかったとブツブツ呟く。ココにも一人、騙されている阿呆発見。鈴菜たちは顔を見合わせて溜息を吐いた。 「ねっ、今聞いたことのある関西弁が聞こえたんだけどっ!?」 「あぁ、確かに聞こえた……」 微かにだが、茜たちの会話がココまで届いた。それに気が付いた鈴菜達は急いで影に隠れた。晴貴に至っては浩也が引きずりながら物陰に突っ込んだ。 「あれ………いない。確かにアイツだと思ったんだけど……」 「気のせいか……?」 茜たちはそう言うと行ってしまった。もういないのを確認してから鈴菜達は晴貴を引きづり出した。その顔には皆、怒りが浮かんでいる。 「えっ、ちょっと待ってや。何でそないに怒ってんの?」 「わからないの、晴ちゃん?」 「えっとぉ~」 「もうちょっとで僕たち、茜と総司に見つかるとこだったんだよ?」 「そうやなぁ~……」 椿と優雅の笑顔に晴貴は冷や汗をかく。 「………晴貴を連れてきたのは失敗だったわね。ジロー、好きにしちゃって」 「はい♪」 「えっ、ちょっ、ジロー何すっ?! うわぁぁぁぁっ!!!!!」 …………………………………………………………………。 「見て見て優ちゃん、この水槽、ジュゴンがいるんだって♪」 「わぁ~、ジュゴンって海の人魚なんだよね」 椿はあっ、と水槽を指差し可愛らしく言う。 「私、人魚って初めて見た~。それも男の!」 「うん、僕も初めてだよ~」 椿の指差した水槽。そこに人魚はいた。金髪の関西人の人魚はプカプカと浮いていた。 「さて、茜と総司を追いかけましょ」 「そうですね」 四人はジュゴンの水槽を通り、茜と総司の尾行を再び追跡し始めたのだった。 ● 「そう言えばさぁ~、何で馨ちゃんって総司のこと好きになったの? 何かきっかけがあったんでしょ?」 「あぁ?」 突然の茜の質問に総司は顔を歪ませた。きっかけ? そんなものあったか? う~ん、と顎に手を置き悩む総司。ポツリポツリと話し出した。 「確かアイツ、この間の体育大会で惚れたって言ってたな……」 「体育大会? アンタまさかそのときにナンパでもしたの??」 「アホかっ! 何で男をナンパすんだよ!! あのときは………」 喉が渇いた俺はジュースを飲もうと自販機の所に行ったんだ。その時に……そうだ。アイツがいた。 『おい、何やってんだ?』 何か絡まれてたみたいだったけど、俺には関係なかった。けど、ジュースを飲む前に邪魔だったんだよな。だから邪魔な奴らを蹴散らして……。 『ったく、雑魚どもが……』 少し暴れすぎて自販機にもぶつけちまったから大丈夫かと思って……。 『無事か?(自販機相手)』 んで無事を確認してから、まだいてたアイツに向かって一言。 『お、ヨシヨシ(自販機相手)。おいオマエ これに懲りたら、ここに近づくんじゃねーぞ(馨相手)』 「っていう訳だ」 「あぁ~、まぁ向こうにとったら助けられたと思ってもいいのかもねぇ~」 茜はハハッと乾いた笑いをした。 それから茜と総司はカップルらしく仲良く? デートをした。ラッコの持っていた貝を投げつけられたり、クリオネをクリオネラと勘違いしてたり、マグロの群れを見て食べたい……などと言ったりしてたら時間はあっという間に過ぎ、もう夕方になっていた。 水族館を出て総司と肩を並べて歩いていた茜はショーウィンドウに反射した自分を見て変な気持ちになっていた。いつもとは違う格好。ありえない状況。 こんなこと………。総司とデートなんて………。そもそも、総司が馨ちゃんに変なこと言うからいけないんじゃないっ!! あたしは被害者。そう、被害者よっ!! 明日からは普通に戻るハズ! 流石に馨ちゃんは諦めてくれたでしょう。うんうん、絶対に諦めたって! ったく、何であたしがこんなこと考えなくちゃいけないのよ。そもそも総司が………っていないしっ?! ずっと考えて歩いていたせいか、総司がいなくなったことに気付かなかった。 慌てて探そうとすると、後ろから頭を殴られた。 「だっ?!」 叩かれた頭をさすりながら振り向くと、そこには総司がいた。 「ったく、お前は先に行やがって……。少しは周りを見ろって……」 「なっ、仕方がないでしょ!! 考え事してたのよっ!!」 「考え事? んだよ、それ?」 「う……………」 言えるわけない。アンタのことよっ!! なんて言えるわけがない。茜がどう言おうかと考えていると声をかけられた。 「総司さん……………」 「「うおっ?!」」 気配を感じてなかったのでこんな近くに馨がいるとは思わなかった。だから二人して驚きの声をあげてしまった。 が、馨の様子はどことなく変だった。何か悲しそうに、それでいて悔しそうな表情だった。 「か、馨ちゃん?」 見かねた茜が声をかけると、馨は顔を上げた。 「負けたッス………」 「はい?」 「自分、青桐さんに負けました。今日一日ずっと見てたッス。きっとこの前のは冗談だって思って……」 冗談。その言葉に総司と茜はピクッとした。本当に冗談だからだ。 「今日のデートを見たら……二人は恋人だって分かったッス。悔しいッスけど、完敗ッス…………」 その様子に総司はふぅっと息を吐くと馨の肩に手を置いた。 「悪いけど、俺は茜と付き合ってるからお前とは付き合えない。今回で十分だろ? まぁ、気を落とすなよ、恋なんてまたいくらでもすればいいだろ?」 「総司さん…………」 これで馨からのアタックはナシ! と密かに喜ぶ総司は笑顔で言った。 「お前もアレだ。顔はいいんだ、俺が女だったら彼氏にしてもいいとおも」 「本当ッスか?!」 話の途中で馨は笑顔になった。キラキラと此方を見ている。瞬間、総司は嫌な予感がした。まずいことを口走ったようだ。 「自分、まだ可能性があるんすね! 分かりました。体は男っすけど、心は女になります!」 「えっ、いや、ちょっ……」 マズイ、マズイ、マズイ。非常にマズイ。総司は慌てて否定しようとした。が、馨の方が早く口を開いた。 「青桐さんっ!!」 「っ、はいっ!!」 キッと急に自分に視線を変えた馨に茜はビクッと肩を震わせた。思わず敬語になってしまう。 「自分これから青桐さんに負けないように頑張るッス!」 「は、はぁ…………」 「見て下さい、総司さん。青桐さん。自分、世界一の大和撫子になってみせるッス!!!!!」 そう言うと馨は笑顔で去って行った。あまりのことに二人は目を見開く。 「いや、だからお前は男だから無理だろ………」 総司の言葉も届く訳がない。最大の失敗だ……と総司は頭を抱え込んだ。 「っだぁぁぁ~、何なんだよアイツはぁ!!」 「あ~、まぁ……それだけ総司のことが好きなんでしょう。あたしの役目は終わったんだから………まっ、いっか」 「よかねぇよっ! ったく……………あ、オイ茜……」 「ん?」 総司は思い出したとばかりにゴソゴソとポケットから何かを出した。それを茜に差し出す。 「何コレ…………?」 小さな袋を差し出され首を傾げると、総司は小さく溜息を吐いて茜の後ろに回った。何をするんだ、とばかりに茜が見ていると総司は袋から中身を出し、それを茜の首にかけた。 「わっ、冷たっ?!」 ひんやりとした感触は金具のせい。視線を自分の首元に戻すとそれは十字架のネックレスだった。 「……………………何で?」 何でこれをくれるのかわからない。茜は心底 不思議な目で総司を見た。すると総司はめんどくさそうに言う。 「デートの最後は贈り物だろ? だからさっき露店で買ってきたんだよ。そしたらお前は先に行やがって……………」 「あ…………………」 さっきのことだった。総司が急にいなくなったのは、これを買っていたからだったんだ。けど、茜はハッとした。 「あたしっ、こんなにしてもらっても何もないよっ?! 総司から今日はおごって貰ったり、ネックレスまで……。スポッテッド ラットフィッシュのことだって新発見を教えてくれて………」 まだ嘘だと気付かない茜。ある意味最強かもしれない。 「誕生日プレゼントだって……お金がないから用意してないし……。確かにデートのふりで恋人になったけど……何にもお返しできない……から……」 かけてもらったネックレスを握りしめ、茜は下を向いた。本当に今日は何から何までしてもらってばっかりなのに、自分は何もできなかった。それが茜は嫌だった。実際、大変だったけど、今日は楽しかった。まるで……総司と本当の恋人になったみたいで………。 茜が視線を合わさないようにしているのを見た総司はニッと笑った。それから茜の前まで来る。 「それじゃぁ、お前からはコレでいいよ」 「? コレってなに……………っ?!」 顔を上げたとき、何かが触れた。何で総司の顔が近くにあるの? ううん、近いってもんじゃない。それに………唇に柔らかいモノが触れていた。それは、総司の唇…………。 時間にしてはほんの一瞬だった。茜は目を見開いたまま動けなかった。総司は唇を離すとまたニヤッと笑い、じゃぁなっと言い帰って行った。 茜は何も考えることができなかった。ただ……心臓は五月蠅いくらいに動いていた…………。 ≪千鶴≫↑ ≪ブラウザでお戻り下さい≫ ジャンル別一覧
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